JANAMEFメルマガ(No.33)

COVID-19蔓延下の海外留学事情 – ハワイ編

野木 真将
ハワイ州クイーンズメディカルセンター
ホスピタリスト部門長および副メディカルディレクター
亀田総合病院 総合内科部長を兼任


はじめに

私は2011年に渡米し、米国ハワイ州で総合内科レジデントとして臨床留学を開始しました。その後内科チーフレジデントを修了したのちに、この太平洋上の離島にてホスピタリストという病棟管理を専門とする総合内科医として勤務しながら、レジデントの教育担当をしています。渡米してからすでに12年経過していることは驚きです。勤務先のクイーンズメディカルセンターは、170年前にカメハメハ4世夫妻により建設されたハワイ州で初めての民間病院です。現在ではがんセンターや臓器移植も手がけ、州内で唯一のレベル1外傷センター、脳卒中認定施設として最新設備を持つ約575床の高度医療機関であり、ハワイ州全島だけでなく太平洋諸国の医療アクセスが悪い地域からの患者を支えています。ホスピタリスト部門長としてCOVID-19パンデミックの開始から対策会議や病棟運営に関わることができたので、その経験を共有できればと思います。2023年6月からは亀田総合病院の総合内科部長を兼任し、千葉県とハワイを毎月往復しながら日米でClinician educatorとして研修医の内科病棟管理教育をしていますが、そのお話は11月号のメルマガで披露したいと思います。

ホスピタリスト部門の紹介

当院の急性期病床575床のうち、約380床をホスピタリスト部門が主科として担当しています。日本では想像しにくいかもしれませんが、これが1990年台から革新的に変化してきた米国の病棟管理体制の結果です。総合内科レジデンシーのトレーニングを完了した医師が主治医となり、他の専門医はコンサルタントとして関わる形になります。米国の平均入院日数は約4日間であり、短期集中型で大量の人材資源を投入しての病棟管理が特徴です。非常に早いペースで各職種がそれぞれの担当部分を進めていくので、患者の病態を把握して適切な時期に適切な人材を投入できるような管制塔の役割をする医師が必要になります。それが、ホスピタリストであり、高齢化社会の病棟管理においてなくてはならない存在となっています。また、医療の質管理や医療安全にもホスピタリスト管理体制は有用であることが指摘されています。外来を持たず院内に常駐することで、他職種医療チームとの連携、院内プロトコルの遵守、シフト制による燃え尽き防止などの副産物もあります。何より、最近の医療技術の革新や治療選択の増加に対応していくには、外来、救急、集中治療、病棟と掛け持ちしていく旧来の勤務スタイルには限界があり、診療の場をある程度限定した急性期の病棟管理を専門とする内科医の存在が重要になっています。

COVID-19診療におけるハワイでの経験

ハワイ州は小さな島々(人口140万人)の中での医療資源も限られており、世界的に有名な主要観光地でもあるため、観光に伴う感染流入と感染爆発による医療崩壊を恐れていました。しかし幸いにも他の州(ワシントン、ニューヨークなど)より遅れて波が来たので、先人たちから学ぶ時間がありました。

災害医療対策の4原則、Command & Control, Safety, Communication, Assessment [CSCA] は今回の事態でも役に立つ指針であり、急ピッチでどんどん変化が起こりました。キーワードとしては、“Hope for the best, prepare for the worst”であり、大切なのは対策委員会で情報を集約化し、明確な役割分担と権限を与えて、困った部門にはリソースを無駄なく再配置することでした。
業務量の急な増加(サージ)とスタッフの不足(病欠による絶対的不足と業務量増加による相対的不足)をどう補うのかを検討することも必要です。
当院では大規模災害発生時の緊急対策戦略が既にあったので、それをたたき台にしてパンデミック用に調整したそうです。ただし、初回のインパクトに対して事後処理をしていく災害と違い、パンデミックは「継続的なインパクト」という面が大きく違い、様々なフェーズに調整していく組織の柔軟性を必要とします。

日本での診療経験との違いはたくさんあるのですが、パンデミック対応をしていく組織の柔軟性には学ぶべきことがたくさんあります。感覚的に行き当たりばったりで対応することは稀で、病院運営は多くの専門職の詳細な分析、予想、ロジスティックの正確さによって支えられている印象です。普段からも医療の質を見張って迅速に改善していくという習慣が高速回転しているのが現在のパンデミック対応だと思います。

COVID病棟を担当するのはホスピタリスト

COVID専用病棟を立ち上げるにあたり、誰が担当するかを相談した結果、我々のホスピタリスト部門が担うことになりました。なぜ感染症や呼吸器内科の専門医が担当しないのか?と思うかもしれませんが、米国では感染症専門医は病院に雇われていないことが多く、こういった対策会議では連携しにくい事情があります。また、呼吸器内科専門医はICUを管理していることが多いので、そちらの対応で精一杯です。
院内の複数部門と常日頃から連携が上手なホスピタリスト部門がCOVID専用病棟に適任であると思ってもらえたのは光栄です。個人防護具(PPE)の取り扱いを徹底教育し、プロトコルの共有ができれば多くのスタッフがCOVID病棟を担当することが可能でした。また、ホスピタリストの1週間働いたら1週間休むという勤務スタイルは長期戦やサージにおいては燃え尽きを防ぐ良いシステムでした。「今週はCOVID病棟担当、でも次の勤務では循環器病棟を担当」という具合にローテーションすることで心理的負担も減らすことができます。
「日常からHIVでも結核でも担当できるようにトレーニングを積んできたので、適切なPPEを与えられればきっちりとこなす。恐れはない。」そんなプロフェッショナル精神にあふれた同僚には頼もしさを感じました。

こうした体制を構築できたことで、当院では2021年8月のデルタ変異株サージにはピーク時でCOVID病床を120床まで増床して担当することが可能でした。ICU(最大で94床)が逼迫してきた時には集中治療医とペアを組んで夜勤などをサポートすることもできました。当院の病室が主に個室であることも、パンデミック対応には有用でしたし、さらに紫外線滅菌装置、病室内への遠隔診療を可能とするビデオカメラ搭載モニターの設置、陰圧空調などの改装工事を施していきました。

2020年12月に医療従事者へのコロナウィルスワクチン投与が開始した頃から、COVID診療に対する心理的抵抗感や疲労感は劇的に変わったと現場では感じました。2021年8月のデルタ株の大波は組織としても個人としても疲弊しましたが、乗り切った後の2021年9月からブースター接種も開始し、少し息継ぎをすることができました。

2023年の現在は、相変わらずCOVID-19の入院患者は途切れませんが、もう通常運転に組み込まれています。それよりも、パンデミックの影響で健康管理やガン治療が後回しになった患者や高齢化している市民で逼迫している医療アクセスをどう確保するかで奔走しています。ハワイ州ではどの病院も病床拡大を計画していますが、この先5−10年はかかるプロジェクトですので、それまではホスピタリストとして在院日数を適切に抑え、病棟の早い回転率を維持するように勤めて参ります。幸い、当ホスピタリストグループは100名を超える大所帯へと成長していますので、大型クルーザーのように荒波にも耐えられるスケールメリットを活かしていきたいと思います。

これからハワイへ留学を考えている皆様へ

ハワイには在米日本人や日本人観光客が多く、日常診療で日本語を使用する場は多いです。日本人医療従事者は多く、家族ぐるみでコミュニティ内で仲良くしていますので、海外にいながらもどこか日本のような雰囲気の中で暮らして働くことができるのでおすすめです。さらに、年中温暖な気候や美しい海や山は魅力的です。

研究留学で来る場合は、ハワイ大学の癌研究センター、心疾患研究センター、老年医学の疫学研究、シミュレーションセンターの医学教育フェローなどの選択肢があるようです。

臨床留学の場合は、総合内科や家庭医学のレジデンシープログラムに採用される日本人医師の実績があります。また、ハワイは沖縄系日系人を始めとする長寿のコホート(Honolulu Heart Program)があり、老年内科や長寿の疫学研究やフェローシッププログラムに定評があります。

以前はレジデンシー終了後に残る選択肢はなかったのですが、2014年頃よりホスピタリスト部門、プライマリケア部門、外科部門では外国医学部卒の医師採用も見られるようになりました。米国本土でレジデンシー、フェローシップを修了してからハワイに渡ってスタッフとして勤務する日本人医師も救急部や麻酔科にいます。ニューヨーク、ボストンにも日本人医師コミュニティがあるように、ハワイのコミュニティも家庭ぐるみでお付き合いのできる楽しいものです。

臨床留学の場合は、財団や個人の繋がりでオブザーバーシップに来ることがきっかけでありましたが、COVID-19パンデミックではそれも難しい時期があります。それでも毎年2−3名の情熱あふれる医師が渡ってきます。なぜか関西人が多い印象ですが、外向的で大胆な行動が取れるという共通項があるのでしょうか。

最後に

私はパンデミックが始まる直前の2019年後半からホスピタリスト部門の管理職につきましたが、ここ最近の変革は凄まじいものでした。ホスピタリスト部門も規模拡大しており、関連病院も含めて今やホスピタリスト90名とナースプラクティショナー18名を抱える大所帯となりましたが、これも病院からの期待と時代の流れの表れと思っています。これからの日本の重要課題でもある、老年内科や総合内科ホスピタリストを中心とする病棟管理のシステム作り、医療現場の変革、医療の質改善と患者安全に関して、米国医療現場で学んだことを発信していきたいと思います。そして、私の尊敬する黒川清先生(日米医学医療交流財団 前会長)のお言葉にあるように、これからも臨床留学を志す若者たちが「出過ぎた杭」となるべく、サポートしていきたいです。

 


執筆:野木 真将(のぎ まさゆき)
2006年京都府立医科大学卒業、学生時代はバスケットボール部主将、学園祭実行委員、ESS部、演劇部に所属。現職は、ハワイ州クイーンズメディカルセンター ホスピタリスト部門長および副メディカルディレクター。2022年にはFAIMER医学教育修士(MHPE)を取得。2023年6月から亀田総合病院の総合内科部長を兼任し、千葉県とハワイを毎月往復しながら日米で研修医教育をしています。